3月も下旬となり卒業シーズンですね。
受験シーズンもそろそろ大詰めというところでしょうか。我が家は受験という苦行からようやく解放されましたが、今年は姪が受験でまだ戦ってます。受験は本人ももちろん大変ですが、親やその周りもなかなか大変です。
いや自分が親の立場になると、自分が受験するほうがよっぽど楽!!!と思いましたねえ。
子供が3人いると受験も色々で、希望通りでよかったねということもあれば、やっぱり受験はシビアで思うようにいかなかったということも何度もあります。そんな時もちろん本人もショックなのでしょうが、意外と母親の私の方がショックから抜けなくて困ったことがあります(子供本人の方がさっさと切り替えをします)
「どんなに努力しても実を結ばないこともあるということを知るのも大切」というのもわかるのですが当時は心情がついていかず、よそ様の合格を聞くのが辛いみたいな時もあったという(車のラジオで流れる合格報告を聞くのも嫌でラジオを消した!)私の心の狭さをここで白状します。笑ってやってください。
もし違う道に行ってたらとか、もし違う人と結婚していたらなど、「もし」というパラレルワールドを人はどうしても考えてしまうものですが、あくまでそれは想像でしかなく、こっちの道を進んだ自分と比べることはできないのです。
もう受験から大分経ちますが、今となるとどっちの学校に行っても大差はなかったと思います。そのときに「最善」と考えて取った道に間違いはないのでしょう。うちは次男が戌亥天中殺であれこれ迷走しましたが、彼を見ているとそう思います。
きっと「どの道に行くか」ではなく「その道で何をするか」が大切なはず。
新しい進路に向かう人に(そしてその親御さんに)この言葉を送りたいです。
ちなみに「試験運」というものがこの世にもしあるならば、私は試験運がたぶんすごく強い。
重要な試験はすべて勝ち名乗りを上げてきました。努力もしたつもりですが「ツイてた」ということもすごくあったので、試験運は多分悪運とかギャンブル運というものの仲間なのではと思います。