「優しい人ほど損をする」と感じたことはないでしょうか。

 

人は弱っている時には優しい人に会いたくなります。目の前の人の不安や悲しみ、怒り、迷いを受け止め、その人が少しでも前を向けるような言葉をかけてくれる人は心が病んでいる時には本当に癒しですよね。占い師はそういう辛い時のお相手となる時もあります。様々なタイプの占い師が存在しますが、優しい共感性の高い占い師が人気なのがよくわかります(その時の気分によって、会いに行く占い師を自然と変えている人も結構いると思います)

 

お客様が胸の内をこぼした後に笑顔で帰ってくれることには大きな喜びがありますが、その一方で、この仕事には見えにくい負担があります。
社会学では、感情を仕事の一部として扱うことを「感情労働」と呼びます。笑顔を絶やさない接客業や医療・介護職などが代表例ですが、占い師もまた感情労働の側面が非常に強い仕事です。
相談者の涙に寄り添い、どんな話でも否定せずに耳を傾ける。自分が疲れていても、相手のために穏やかな表情や優しい声を保つ。そして、相談が終われば、何事もなかったかのように次のお客様を迎える。このような「感情を整える仕事」は、外から見える以上に大きなエネルギーを必要とします。

だからこそ、優しさには価値があります。
が、その優しさが搾取されてしまう場面も少なくありません。その優しさを当然のものとして要求がエスカレートしてくることがあります(これに応じていくとますます悪化)本来なら仕事として対価をいただくべき時間や労力が失われてしまうことがあります。
また相手の事情や感情を飲み込みすぎるというのも見ます。仕事なのに心まで浸食されてしまうんですね。

 

占い以外でもそうですが、「感情労働」はあくまでも仕事なのでやれることには限りがあって、どんなに可哀想でも相手の問題はあくまで相手の問題なのでどうしようもないのです。
搾取してくる中には常識の枠を超えたバケモノもいます。相手の好意を踏みにじって後ろ足で砂をかけることに全く抵抗がないのです。日本語が通じないのかな?というレベルで捻じ込んでくる相手に「優しさ」で対応していても自分が摩耗していくだけ。無理なものは無理と切るほうが、自分にも相手にもよっぽど優しいこともあると思うんです。

優しさは無限に差し出すものではなく、大切に扱われてこそ力を発揮します。
優しさは、誰かに搾取されるためのものではなく、必要な人へ、必要な分だけ届けるもの。
その意識を持つことは、占い師だけでなく、すべての感情労働に携わる人に共通する、大切な心構えなのではないでしょうか。

Xでフォローしよう

おすすめの記事