この前「色々考えた末に人と話すのに、あとになって『あの言い方失敗した』『気分を害したかも』と悩んでしまうことが多い」という話を伺いました。
これは多くの人類にあるあるの話だと思います。私もあります。なぜ人は事が終わってから「あれがまずかったかも」となるのでしょうか。相手の反応がちょっと微妙な気がしたなんて気がしたら尚更ですね。まだその場なら手を打てたこともあるのに、時間が経ってから考えるとますます不安が膨らんで悪い妄想が捗るんですよね。
私も昔お勤めをしている時はたまにそれで頭抱えてました。そもそも話すのが好きで、仕事も人に説明するのがメインということで圧倒的に話す量が人より多く、ゆえに失敗も多かったです。仕事上で「言い方が上手くなかったか」というときは最悪お電話して再度説明すれば多少はリカバリーできますが、同僚などと話して余計なこと言っちゃったかも?なんていうのはあとではなかなか掘り返せず、「あ~~~~!!!」と頭を掻き毟るのみです。
こういう傾向は対人センサーが敏感で人の心の動きや顔色を読む力が優れている人に強く出ると思います。そして大体が思索型であれこれ考えて妄想が果てしなく拡大していまう要素もセットです。実は私はそういうタイプではないのですが、そんな私でもたまに陥るので該当する方たちは結構な頻度でモンモンとしているのではないでしょうか?
こういう時は私はよく夫に話していました。
「○○さんがあーでこーで私は△△みたいに感じたんだけど、どう思う?」
という風に説明します。そうすると客観的な状況だけを組み立てて「それは××じゃないの?」と意見をくれるのです。上記のような傾向はどうしても女性のほうが強く色々な方向に想像を膨らませますが、男性は想像の要素を抜きに見たままで「こうじゃない?」と判断する傾向がある気がするのです。
それを聞くと「外からみるとそうなんだ」とか「複雑に考えすぎていたか」と気づくことが多く気が楽になったり落ち着いたりするのでお客さんにそういう話をされたときは誰かに話すことを(できたら男性だけど、別に女性でもそういう見方をする人はいるので女性でもかまわない)勧めます。
まあ心配のほとんどがふとした拍子に生まれる悪い妄想なんです。骨折り損のくたびれ儲けで特に実害はないことが多いですが心労はあるのでなるべく減らせるといいですよね。本当に自分が悪い時は反省して次を気をつけるしかないですよね。
私は最近はそういうことがだいぶ減りました。失敗を繰り返しやっと「慎重」という意味をここ7~8年くらいでやっと知りました。
失敗は成功のマザーなのです。













