ゲッターズ飯田がこう言っています。

道を尋ねられる人は人柄の良さがにじみ出ている人。道を尋ねられる生き方をしているのは幸せなこと。

私は賛同しますが、ネットの反応をみるとそう思わない人もかなりいるようです。

「道を尋ねられるのは、まともな格好をしている女性だから」という女性。たしかに、コワモテの巨漢には声をかけないでしょう。「単に無害そうだから」「なめられがちな人」「格下に見られている」「絶妙に垢抜けていない人」とも言われています。

「道を尋ねられて一生懸命教えたらナンパだった」という体験談も。このご時世、スマホの地図も使えず道に迷うような情弱と関わらないほうが無難なのかもしれません。

その一方で、「困っている人が自然と頼りたくなるような、やさしそうな雰囲気」というコメントも。

道を聞かれることを喜ばれる心の余裕が幸せ。道を聞かれてイライラする人よりも、「あ、ここですよ!」って案内できる人のほうが絶対に人生うまく回ってる。

どちらかというと私もこの考え。やたら先を急いでいた若い頃は道を尋ねらると面倒と思いがちでしたが、今なら時間がたっぷりあるのでできる限りことを教えてあげるつもりです。

旅先で困った時に助けられることが多かったのも影響しています。日本は安全、海外は危険というイメージがありますが、東京は見知らぬ人と関わりたくないという人が多いのでは。これが関西になると「大阪のおばちゃん」ノリで声をかけ合うことがけっこうあります。海外ではインドやエジプトなどは親切そうな人について行ったらとんでもない目に遭いそう。私がここ数年旅したスペインやコロンビア、韓国、台湾などの国は親切な人が多かった印象です。

国や地域により状況は異なりますが、幸運は人の間を巡り巡っていくもの。その人から直接、お返しがなかったとしても、いつか見ず知らずの人から親切が返ってくるかもしれません。そんなふうに考えて道を尋ねられたらラッキーサインだと思うことにしています。

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