週末に九星気学の講座を行いました。ご参加の皆様ありがとうございました。
「方位」と「日時」の間の関係性に吉凶がありそれを利用して開運を目指す、というのが九星気学なのですが、あっちの方角はいいけどこっちの方角はダメだとかいうのは、あまのじゃくな私からすると正直大変不思議です。
九星気学は大正時代に完成したもののようですが、源氏物語を読むと「方違え(かたたがえ)」というのが出てきます。向かう先が凶方位であるときに、一時的に別の場所に宿泊や仮住まいをすることによって行く方位を変え凶方位を避けることです。今の時代ではちょっと・・・って感覚ですがさすが平安貴族の話です。きっと平安時代の凶方位には魑魅魍魎が這いずり回っていたのでしょう。
昔からこういうのがあるということは、やはり無視できない作用が働いているのでしょうかね。
東洋の占術はこのように、わりと「吉凶」がハッキリ打ち出される占いをものが多いのですが、「吉」とか「凶」とかつくと必要以上に気になってしまう人は多いでしょう。
普段の生活なら気にならなくても、家を建てる時に時期や方位が悪いと知ってしまったら気になるのは普通のことだと思います。わざわざ「凶」を望む人はいません。
しかし、中にはどんどん「吉」を追い求めてしまう人もいます。
真面目でまっすぐな人ほどそうなのかもしれませんが、普段の生活の基準がそれになってしまうのです。
平安時代の貴族なら「方違え」できても、現代に生きる私たちがそれをするのは色々な事情から難しいことがほとんどでしょうし、もししたとしたら社会的な常識から外れていると思われてもしょうがないです。今日のお客様は凶方位だから行かない、とか言ったら会社でアブナイ人認定待ったなしです。
もし、自分の行動先を全部「吉」の方角にして生きたとして、それは本当にトータル的に幸せになるのでしょうか?いやまあ本人がしたことなら満足で幸せなのか・・・?
占いってなんなんだ~~~?とか思っちゃいます。
教える方がブレるのは良くないとは思いますが、現実的に「どこまで吉を追い求めるか」というのはすごく難しいと思います。
説明しながら悩みます。
吉方位を見つける手順を踏んでいくとここもダメ、あそこもダメというようにどんどん候補が消えていきます。行きたいところにはなかなか行けません。「吉を見つける」というよりなるべく「凶を省いていく」という方が近いのです。どこかで折れないとどこにも動けないなんてこともあります。
もし私が悪徳占い師なら「吉凶」というワードはお客様を依存させるいい道具して愛用します。占いを愛する皆様におかれましてはぜひ吉凶に上手に折り合いをつけていってくれ、と心から願います。健全に利用して楽しく開運をめざしたい。
















