ものすごく過疎っているウラナイ8ブッククラブですが、細々と続けています。
過疎だからいいのです。本を読むのは超個人的な行為。
先月取り上げた桐野夏生『猿の見る夢』の夢占いがおもしろいので、こちらでも紹介します。
占い師とは名乗らず、悩みを聞いて助言を与えるという不思議な女性が登場します。助言は、相談者の家に泊まって見た夢から得ます。わざわざ泊まらなくてもと思うのですが、相談者の暮らしているのと同じ家で眠らなければ、ふさわしい夢を見ることができないという理屈です。
そんな面倒なことをするなら、自分が見た夢を自分で解釈するほうが手っ取り早いのではないかと考えるのは、私が占いをやっているからで、特別な人が見た夢はご神託のように受け取られるのでしょう。
さて、人によって悪夢のパターンがあるはずです。何度も繰り返し見て、目覚めた時に「夢でよかった」と思えるような夢には、その人が持つ根深いコンプレックスや呪い、重要課題のようなものが隠されているように思います。
私の場合は「もう間に合わない」という悪夢。電車が遅れたり時間を間違えて大学受験や入社試験に遅刻するという単純な夢から、準備期間があったのにカバーできていない範囲が多く過ぎて到底合格しないと絶望するパターンもあります。不本意な大学、不本意な会社にしか入れなかったことを消化できておらず「こんなはずじゃなかったのに」という思いを引きずっているのです。それでも、年を重ねるにつれて悪夢の頻度が減ってきて、さすがに人生の終盤が近づいてくると「もっといい大学に入れたらよかった」というくやしさも薄れてくるのでしょう。
その代わりに見た新しいパターン。何かの発表会か会議に出席するはずなのに、実際に行ったら私の名前がなく誰からも相手にされないというもの。仕事も辞めて社会から取り残される高齢者のあせりによる夢でしょうか。現実には、毎日時間がたっぷりあって好きなことができるのは最高と思っているのに、内心では不満や寂しさを感じているということ? ともかく、夢も老いていくという新しい発見でした。


















