先週の土曜日、ウラナイ8号室で占い自由研究会の番外編が開催されました。

取り扱い危険なテーマだったのでクローズドの開催でしたが、ラッキーなことに杏子さんに声をかけてもらい参加できることになりました。

取り上げられたケースの一つが私とかなり似ているのですが決定的なところに違いがあり、改めて命術のおもしろさを実感しました。

とにかく疑問だったのが「この人は結局、何がしたかったのか」。

しかし、その場であれこれ話し合っているうちに参加者同士でも、何がしたいかがまったく異なることが浮き彫りになります。こういうクローズドの場に集まった同好の士であるはずなのに。

私は海外への旅が好きで、いかにも広い世界を見てきたような顔をしていますが、実態は逆。カズオ・イシグロはこう語っています。

俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなどを飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです。

スペイン巡礼はまさにそうでした。金銭的にも時間的にもゆとりがあり、徒歩だけで何百キロも進み、世界中からやってきた人と交流したいという意欲を持つ人。そんなことにお金と時間を使いたくないし、そもそもそんな旅はまっぴらという人のほうが、世の中の大半です。

カズオ・イシグロはこうも発言しています。

これまで自分と考えが違う人は見えない人、存在しない人だったかもしれませんが、私たちは世界の多くの人々だけなく、自分が住むコミュニティの中でさえ自分とは違う世界があることをもっと強く認識しなければならない。

先日の占い自由研究会は、まさにこういう意味がありました。過激なテーマだっただけに、自分にとって存在しない人、自分とは違う世界があることが浮き彫りになったのです。

英語に「agree to disagree」という表現があります。直訳は「意見の相違に同意する」。

あるいは、One man's trash is another man's treasure.(誰かのゴミは別の人にとっての宝)。

「あの人とは価値観が違う」と敬遠する人も、占いを通して分析すれば、理解できなくもない面もちらりと見えてくることもあります。

友人の超売れっ子占い師は家族関係のシリアスな悩みを持ち込まれることも多いのですが、「ここだけの話だけど、私たち二人に子供がいないのは、前世でよほど徳を積んだからだと思うのよ」なんて話をして、私も大いに同意します。子供こそ生きがいという人は憤慨するでしょうが、強がりではなく本音です。

そういうことも心置きなく語れるような、クローズドの会を楽しみにしています。

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