昨年のインナーチャイルドカードの会で玉紀さんが、「嫌いな人について語るのは、自分について語るのと同じ」といった意味のことを話しました。

「あの人が嫌い、苦手」と感じることが多い私には耳の痛い指摘でした。よく考えてみると、嫌悪感を抱くのは相手の中に自分を見るから。

昨年の忘年会で、60代後半になっても学歴にこだわっている痛い男性と飲む羽目に。参加者全員の出身大学を聞いてマウントを取っていました。私だけ関西の大学卒で、関東の大学の序列からは外れていると安心していたら、出身県と高校を聞いて来たのです! 地方の有名高校の名前を挙げられ、全国の高校をチェックしていることがわかりました。仕事ならしかたがないけれど、プライベートの会でこんな目に遭うなんて!

過度に反応したのは、私の中にも学歴を気にしている面があるから。プロ野球選手や科学者、官僚だったという昔話なら聞きたいことがいっぱいで熱心に耳を傾け、経歴自慢とは取らなかったはず。そうした分野に適性がないことを何とも思っていないからですが、学歴は私のコンプレックスを刺激します。

 

沖縄の旅でも半世紀前のインド旅行の話ばかりする高齢男性ガイドにうんざりしました。

https://bob0524.hatenablog.com/entry/2025/03/07/205643

私を男にしてもう少し年を重ねて地方に移住したような姿です。ことあるごとにスペイン巡礼やコロンビア旅の話をして「バックパッカー婆さんの昔話」と陰口を叩かれる将来をはっきりと想像できました。

 

東京駅の新幹線改札では、チケットレスでSuicaをかざしてうまく通れるかいつも不安になります。Suica一体型のクレジットカードを紛失して紐付けをやり直した時はさらに緊張。多くの乗客の流れを止めると、時代に対応できない高齢者だと蔑まれるだろうと想像するからです。

その一方で、混雑しているレジで支払いに時間がかかるお客さんの後に並んでいると、イライラします。別に急いでいるわけではないのに。「私はこれだけ準備しているのに、どうしてあなたはできないの」という意地悪な気持ちに加え、将来の自分の姿を見ているかのようでいたたまれないのです。

 

嫌いな人は、自分を映す鏡。目障りな人がいたら、まず胸に手を当てて、その人の中に自分の嫌な部分がないか考えてみること。旅先で会っただけの人、たまたまレジの順番が前だった人なら、もう会うことはないから大らかな気持ちでやりすごしましょう。そうではない場合は、なるべく距離を置く方向で。わざわざ近づくと自己嫌悪がますますひどくなります。

職場の人や家族など日常的に顔を合わす関係なら、マインドフルネスで提唱される「セルフ・コンパッション」を。自己批判をほどほどに「ま、いいか」と流し、自分を投影した相手に対しても優しくなりたいものです。

 

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