相場について多くを学んだ城山三郎の『百戦百勝』。占いが登場するので、ウラナイ8ブッククラブでも紹介しています。

米相場と株式相場で大儲けし、山種証券を創立した山崎種二(やまざきたねじ)がモデルで、小説では豆二(まめじ)となっています。名前の由来は、豆を二つ蒔くように頭を使って生きろという父の教え。豆が一つだけでは芽が出なかったり枯れてしまうかもしれない。リスクの分散です。

貧農の家に生まれ、米問屋の丁稚となり、持ち前の利発さと情報収集力で主人に見込まれ出世していきます。

米問屋の近所の食堂で働くお安は趣味の占いで豆二の将来性を確信し、結婚したいと思います。お安も豆二に負けないぐらい蓄財の嗅覚が鋭く、お似合いの二人です。

しかし、豆二が選んだのは令嬢の冬子。ろくに口もきけないほど緊張する相手で、話し相手としてはお安を恋しく思いました。高嶺の花だからあきらめろとお安はさんざん言ったのですが、冬子はプロポーズを受けました。

豆二が考えたこと。

 働き者で金銭欲の強いお安は、実業家の妻に向くかもしれない。お安の世界は、豆二の世界と似通っている。重なり合わせると、お互いにめりこんで、二つが一つになりそうでもある。

それにくらべると、冬子は全くのお嬢さん。どこまで世帯の苦労に耐えられるか、疑問である。また、冬子の世界と豆二の世界は別世界のように異質である。(中略) しかし、考えてみれば、それもまたいい。夫婦というのは、同じ世界より、ちがう世界が二つ組み合わさったほうが、人生に豆を二つまくように、賢明で安全な生き方になるのではないだろうか。

価値観の異なる相手との結婚は大変ですが、だからといって何から何まで同じという相手とはどこかで行き詰ってしまいます。性格や趣味、交友関係は夫婦で別々のほうがうまくいくものです。

豆二が相場で大儲けして、冬子に「何でも買ってやる」と豪語します。高級な着物か宝石と踏んでいたのですが、冬子の要求は豆二の故郷の村に橋をかけること。徒歩や馬で川を渡らなければいけない村に橋がかかれば、村の人々に感謝されます。莫大なお金がかかると豆二はためらうのですが、冬子にいい顔がしたくて要求を受け入れます。

豆二の成功を方向付けたのは、この決断でしょう。易経の山沢損から風雷益の流れ。社会のためになるなら、どんどん損したほうがいいのです。まとまった寄付ができるようになると、株式取引の度胸が据わり、相場の神様から目をかけてもらえます。

冬子は豆二より先に亡くなり、豆二はがっくりと落ち込みますが、美術館の建設を思い立ちます。

そこに髪を振り乱したお安が駆け込みます。お安は独身を貫いて蓄財に励み、ついにはビルのオーナーとなっていました。

「あんた、まあ、気でも狂ったんかいな。そんなに金あまっているんなら、わてに、もうひとつ貸ビル建ててくれても、ええやないの。あんたと二人の共同管理にしてもええわ」

豆二の対応。

「冬子は、至極、気前のいい女だった。だから、わしも、最後に気前のいいところを見せたくなってな」

「わしも、いつかは三途の川を渡って、冬子に会うことになる。そのとき、いい顔をしたいからな。あちらの世界に行ってまで、頭が上がらんようでは、情けないよ」

 

豆二とお安は似た者同士。二人で同じ方向を見ているので視界は180度。令嬢の冬子と豆二はまったく逆を見ているので視界は360度に広がります。「性格の不一致」は離婚の原因に挙げられますが、それは単なる理由付け。一致していない部分が多いからこそ、結婚生活はおもしろくて発展的なのです。

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