ガルシア=マルケスの『百年の孤独』、「読もうとしたけれど、無理だった」という人がかなりいます。
その理由の一つが名前。ブエンディア一族では似たような名前が執拗に繰り返されます。男性の名前はアルカディオかアウレリャノ。長男は代々父親の名前をもらいアルカディオと名付けられ、次男はアウレリャノです。
アウレリャノを名のる者は内向的だが頭がいい。一方、アルカディオを名のる者は衝動的で度胸はいいが、悲劇の影がつきまとう。
一族の六代にわたる長い物語ですが「時は少しも流れずただ堂々めぐりをしているだけ」なのは、同じ名前が繰り返し出てくるから。同じ名前(傾向)を持っていても、置かれた状況が異なるから人生の展開も異なってきます。そこをおもしろいと感じなければ、途中で本を閉じてしまうでしょう。
ガルシア=マルケスは、名前の持つ力を強く意識した作家です。自らの一族の奇想天外な話に興味を抱き小説のネタにしたのは、独特で奇妙な名前が多かったから。母方ではトランキリーナ、ウェネフリーダ、フランシスカ・シモドセア。父方はアルヘミーラ、ロサーナ、アミナダブ。「自分の小説の登場人物がその生きざまにぴったりくる名前が見つかるまで息づいてこない」という思い込みを持っています。
ウラナイ8には占い師志望の方々も集いますが、どんな占い師名をつけるかは、重要なポイントです。
「とにかく一発で読めない、ふりがな必須みたいなお名前」は避けたほうがいいとあります。大いに同感。呼び名を間違えるのは大変失礼なこととされている日本で、人にそこまでのエネルギーを強いる傲慢さを感じるからです。
週刊誌のライター時代、水晶玉子先生の原稿が取れずにページを落としそうになった時に編集者とひねり出したのが「翡翠輝子」。本物より格調高いところがパチモンぽくて気に入っていますが、「翡翠」は一般的な漢字ではありませんが、東洋系の占いを志しているのなら読めない人はいないのではなでしょうか。
日本語教師をやっていた頃は、外国人学生のリクエストに応じてトム(吐夢)とかホセ(帆世)、セリナ(瀬里奈)など漢字名をつけていました。本人の好みや性格に合わせて漢字を選んで、何度も練習させたものです。でも、夜露死苦(よろしく)、愛羅武勇(アイラブユー)といったヤンキー的な漢字の使い方は苦手。なるべく近づかないようにしています。
親に付けてもらった名前はよほどの場合でないと変えられないし、親からの最初のプレゼントとして受け入れるしかありません。占い師名やペンネームは自分で付けるのですから、個性がストレートに出ます。これからウラナイ8周辺で新しい占い師さんが誕生していくでしょうが、どんな名前を選ぶのか興味津々です。

















