ビル・パーキンスの『DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)』を読んで「のんびり生きている場合じゃない、人生を最適化しなければ」と痛感しました。

「老後の30年間で2000万円不足する」とか、経済的に独立し早めに引退するFIREムーブメントなど、節約や貯金が奨励される風潮ですが、この本では資産を使い切って死ぬことを説いています。

お金の価値は年齢が上がるほど下がります。100歳の時点で1億円を持っていても、使いようがありません。ここ数年、若い人から投資について聞かれることも多いのですが、お金を増やそうとするより若いうちにしか体験できないことにお金を使うべきです。

大学卒業後、ビル・パーキンスはニューヨーク証券取引所で雑用係として働き始めます。1990年代前半で、年棒は1万6000ドル。最初はニュージャージーの実家から通勤し、2000ドル昇給したので狭いワンルームのアパートを同僚とルームシェア。爪に火をともすような節約にはげみ、1000ドルの貯金ができました。そのことを上司に誇らしげに話すと「お前はバカか? この業界に入ってきたのは、大金を稼ぐためだろう? ちまちま節約なんてするな。これからもっと稼げるようになる。このまま一生、年収1万8000ドルが続くと思っているのか」と一喝されます。

そして、同じ経済状態だったルームメイトのジェイソンは3カ月の休暇を取りヨーロッパへのバックパック旅行へ。資金は1万ドルの借金です。帰国後、職場に復帰したジェイソンからヨーロッパのでの体験を聞き、彼が自分よりはるかに人生を豊かにしていることに気付くのです。

 これは1990年代前半の話である。高速のインターネットもグーグルアースもない。現地を訪れずにプラハがどんな場所を知るには、大型の写真集を眺めるくらいしか方法がなかった。

<中略>

ドイツでは、ナチスドイツがユダヤ人を収容するのに使ったダッハウ強制収容所の跡地を見学し、凄惨な歴史を目の当たりにしたという。スロバキアと分離して誕生したばかりのチェコ共和国では、共産主義の支配下での生活がどんなふうだったかを直接、人々に尋ねたそうだ。パリでは旅の途中で知り合った友人2人と午後の公園に行き、チーズとバゲットをつまみにワインを飲んだ。「そのときに、これからの人生で何でもできるような高揚感に包まれたんだ」と彼は語った。

私も1990年に、同じようなことをしました。借金をする度胸はないので、それまで貯めた100万円を資金にアイルランドを中心に3カ月の旅に出たのです。60代の今でこそ金の亡者と化していますが、若い頃は世界が見たくてたまらなかったのです。

「若者であふれるユースホステルの大部屋で、素っ気ない二段ベッドに寝るなんてできないし、30キロ近くもあるバックパックを背負って電車に乗ったり街を歩いたりしたくもないよ」とジェイソンは、20代で旅に出たのは絶好のタイミングだったと言います。私が旅に出たのは29歳。「地球の歩き方」を片手にバックパックの貧乏旅行を楽しめるぎりぎりの年齢でした。

「1990年の100万円を、ニューヨーク市場のグロース株に投資していれば」とは思いません。あの旅があったから今の私があるからです。

もちろん、どういう体験を好むかは人それぞれです。私は旅が好きなのである程度の資金が必要ですが、自宅で静かに過ごしたり、家族や友人をサポートすることにに生きがいを見いだせるなら、費用をあまり考えずに人生を最適化できるでしょう。

 重要なのは、流されて生きるのではなく、自分にとって大切な経験を意識的に選び、そこに惜しみなく金を使うことである。

これが原則ですが、何に幸せを感じるかは年齢によっても変わります。幼児がイタリア旅行に連れて行ってもらっても思い出はできないし、90代ではローマのスペイン階段を上れるかわかりません。

60代でこの本を手に取ったのは遅かったと思いますが、70代よりは若い。幸いなことに、まだしばらくは旅には出られそうです。お金を増やすことより、何に使うかを考えます。そして大暴落への恐怖も薄らぎました。「ゼロで死ぬのに近づいた」と思うことにします。

「そうは言っても老後の医療費が…」と心配する声も出るでしょうが、最後の数日、数週間をチューブにつながれて延命する処置はきっぱりと否定しています。医療費が高額なアメリカではそれが合理的な判断なのでしょう。長生きのリスクに備えた金融商品も紹介されています。死亡保障は一切ないけれど、死ぬまで保険金がもらえる年金保険。日本ではあまり種類がないし、インフレには弱そう。国の仕組みが違うのですべてが参考になるわけではありませんが、考え方を転換するきっかけとなる本です。

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