凶は吉を孕んでいるという話の続き。

50代で思い立ち、日本語教師の資格を取りました。ライターとして働いていた出版業界は右肩下がりで何か副業をしようと思って日本語教師を目指しました。しかし、調べてみるとかなりの低収入で、とても割に合いそうにありません。

その一方で株式相場では妙な才能があったのか、税理士さんから「プロのトレーダー以上」と褒められるほどの儲けを出しており、別に副業がなくても何とかなる状態でした。

ただ、株式相場で簡単にお金を得ているいることへの罪悪感がありました。クリック一つで儲けてばかりいては、いつかしっぺ返しがありそう。だったら儲けられない日本語教師になって帳尻を合わせればいいのでは。

玉紀さんの鑑定でこの話をすると大笑いされ「普通の人が仕事として日本語教師を選ぶなら全力で止めますが、そういう事情なら最適です」と太鼓判を押してもらいました。

 

実際に教壇に立ってみると、薄給だけではなくとんでもないプレッシャーで押しつぶされる日々。授業準備に時間がかかる上に本業も続けていたので多忙を極めました。日本語教師をやっていた時期はまともに休んだ記憶がなく、どんどん痩せていきました。

結局、3年で辞めたのですが、今思い出しても貴重な体験でした。

スイスに本社がある外資系の学校だったので教師はサービス業であり、学生の満足度が最優先されいつも緊張していました。この経験があるからこそ、高齢クレーマーにならずに済んでいます。そして、苦しい日々の中でも外国人学生との交流のすばらしい思い出が残り、スペイン巡礼へと出かける動機にもなりました。

プラスだけの人生なんてつまらないし、禍福は糾える縄の如し。どんなに幸運な人でも、生涯を通して幸せに恵まれるなんてことはありません。どうせ不運が来るなら、自分で選んだ不運のほうがずっと耐えやすいし、あえてマイナスに飛び込んでみるからこそ開ける世界もあるのです。

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