推理小説の「信頼できない語り手」。叙述トリックの一種で、読者をミスリードしてどんでん返しの結末につなげていきます。
占いの現場でも「信頼できない語り手」はしばしば登場しているのではないでしょうか。
たとえば「彼との相性を占ってほしい」という相談。その彼とはどういう関係なのかを確かめておく必要があります。交際中で結婚前提なのと片思いでは、読み方がまったく違ってきます。極端な場合は、追っかけをしているアイドル。最初から正直に話してくれれば、仮定のストーリーとして盛り上がることもできますが、恋人という前提で占って「はずれた」と言われてもどうしようもありません。
杏子さん主催の易の読み会では参加者が占う題を出すのですが、時々「信頼できない語り手」が出ます。「笑って問えば笑って答える」という言葉の通り、漠然とした問いには漠然とした答えしか出ません。「仕事の成り行きは?」という問いに対しても、職場の状況や自分のポジション、同僚の関係など気になっていることはすべて語ってもらわないと占えません。
先日「6月に行くスペイン巡礼の成り行き」を占ってもらいましたが、夫と一緒に行くことを伝えるのを忘れていました。私一人なら二度目の巡礼で慣れていますが、夫が同行となると話が違ってきます。そして、私が前回歩いたフランス国境の街からの長い道のりではなく、終点のサンティアゴでコンポステーラまでの残り100キロはかなり混雑しています。スペインで知り合った台湾人の巡礼者と台北で再会し、この期間の宿を確保するためにたいそう苦労した話を聞き、まだ3か月以上先ですがすべての宿を予約したのです。一日に歩く距離を計算し、宿の位置を確認しネットで口コミをチェックするなど細々とした作業を済ませ、脳内ではすっかり計画ができあがっていました。そのため易の読み会で詳しい説明を省いてしまったのですが、占ってくださる皆様は私の前回の巡礼のイメージしかないわけで、これでは易で明確な答えは得られません。
易以外の卜術では、漠然とした問いで悩みの本質を探っていくという手法もありますが、易の場合は「筮前の審事(ぜいぜんのしんじ)」と呼ばれる質疑応答をすることになっています。易で占ってもらうためには「信頼できる語り手」として包み隠さず告げなくてはいけません。自分に都合の悪いことや恥ずかしいことは、ぼかしておきたくなるものですが、易と向き合うためには越えなくてはいけないハードルです。